短歌はたった三十一音です。でも優れた鑑賞により、その歌の世界は何倍にも何十倍にも膨らんで、われわれの前に現れるのです。
「歌合(うたあわせ)」とは、歌人を左右二組に分け、詠んだ歌を一番ずつ並べて優劣を競い合う文芸遊戯のことです。主に平安時代の歌人の間で盛んとなりました。判者が判定を下すルールで、遊戯といえど勝ち負けは歌人の地位や生活に大きな影響を与えました。さて本書は、その歌合に倣い、現代短歌100首による50番勝負が繰り広げられています。詩歌に造詣の深い作家・北村薫の選による選りすぐりの短歌が登場します。歌人ではない人物による歌評というのも新鮮で魅力的です。ただし著者ひとりの選によるため、明確な判定はされていません。あくまで二首を並べることにより、それぞれの歌の魅力を最大限に引き出す工夫がなされているのです。
体温計くわえて窓に額つけ「ゆひら」とさわぐ雪のことかよ 穂村 弘
垂れこむる冬雲のその乳房を神が両手でまさぐれば雪 松平盟子
(「六 窓のうち外」より)
散華とはついにかえらぬあの春の岡田有希子のことなのだろう 藤原龍一郎
おしやべりの女童逝きぬをりをりに思ひ出づれば花野のごとし 桑原正紀
(「九 少女のねむり」より)
子の運ぶ幾何難問をあざやかに解くわれ一夜かぎりの麒麟 小高 賢
蜂の巣のあるところまでわが妻に案内をされてあとは任されき 中地俊夫
(「四十五 男の出番」より)
一首だけで鑑賞する場合とニ首並べて鑑賞する場合では、その方法や結果が異なります。二首を並べた場合、互いが互いの歌の持ち味を際立たせ、鑑賞がより深くなる場合もあるのです。四ページで一番勝負というかたちで進みますが、著者の鑑賞や途中で引用される歌の数々に、知らず知らずのうちに短歌の魅力に引き込まれてしまうでしょう。巻末には、著者、藤原龍一郎、穂村弘の三名による鼎談が掲載されており、さらに本書のうたあわせを楽しめる構成になっています。