『狼は帰らず ― アルピニスト・森田勝の生と死』佐瀬稔

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人生をせるものをもっていますか? それが「山」であった場合、とてつもなく危険が漂うが、同時にとてつもなく魅力的である。

登山家の一生というものは、どうしてこうも濃密なのでしょうか。

山に魅せられた人々は、山に生き、山に救われ、そして山に死んでいくものなのかもしれません。その姿に、非常に強いあこがれと羨望をいだく人は多いでしょう。それは、人生を賭して山を登る登山家の姿そのものの凝縮が、見る者に強く響いてくるからではないでしょうか。

イギリスの登山家ジョージ・マロリーの「そこに山があるから」という言葉がよく知られていますが、山という存在は人を惹きつけてやまないのでしょう。そして登山家を惹きつけるのみならず、登山家の人生そのものを引っ張ってしまう引力をもっているのだと思います。

さて、本書『狼は帰らず ― アルピニスト・森田勝の生と死』のヤマケイ文庫版の帯にはこう書いてあります。

『神々の山嶺』
羽生丈二の
モデルは
森田勝である。
本当に凄い
登山家であった。
(夢枕獏)

夢枕獏の小説『神々の山嶺』のモデルにもなった森田勝。その一生は、まさに山そのものといっていい。本書を読めば、山に賭ける思いは本当にすさまじいものだと感じます。森田は、登山界の縦割りや集団という組織にあまりなじめず、どちらかといえば一匹狼的な登山家とされています。しかし、本書を読むと、決して人との関わりを絶っていたわけではないことがわかります。通常クライミングを行うには、ザイルパートナーが必要です。ザイルで体を結び合い、万一の落下に備える。つまり命を預けることができる相手がザイルパートナーなのです。森田は決して一人ではなく、多くのパートナーとともに山に登っているのです。

人は一人で生きているのではありません。いい悪いに関わらず、生きていく以上人との関わりを避けることはできません。そういう意味において、人は一人で生きていくことはできないでしょう。育った環境も森田に大きく影響しており、それが登山家・森田勝が生まれる一因となったことは否定できないと思います。

つまりこの本は、登山やクライミングに対する技術的な部分よりも、人間と人間の関係、人間と山の関係、生と死の関係などを深く味わうことができる一冊です。それが本書を読む一番の醍醐味でしょう。

谷川岳、穂高岳、アイガー、エベレスト、K2、グランド・ジョラス……。森田が向き合った数々の山が登場しますが、森田の名を一躍有名にしたのが「三スラ」です。

昭和42年2月、谷川岳一ノ倉沢滝沢第三スラブの積雪期初登攀に挑戦し見事成功。通称「三スラ」の制覇。当時の多くの登山家は、ここは雪崩の巣であり困難な登攀というよりも危険な登攀であって、積雪期にここを登ろうとは考えていなかったのです。そんな時代に、森田はパートナー岩沢英太郎とともに、三スラ登攀を成し遂げてしまうのです。この陰には森田の複雑な思いがありました。資金不足により海外遠征できない悔しさを発端とした諸々が森田を突き動かしたのです。そして有言実行、見事成し遂げる場面は本当に心躍ります。

その後、人とも山とも衝突を繰り返し、森田勝の人生は進んでいくのです。

登山をする人もしない人も「生きるとはどういうことか」を改めて見つめなおすことができる一冊です。

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