フォークソング界のプリンスと呼ばれた遠藤賢司さんの名曲「カレーライス」を聞いたことがありますか?
実はこの曲の中で、作家・三島由紀夫の切腹自殺のことが歌われている部分があります。
遠藤賢司さんは、大学時代ボブ・ディランに影響を受けギターを始めました。そして1969年にフォークシンガーとしてデビューします。その後「カレーライス」は1972年に発売されます。身近なことを歌詞にする、四畳半フォークの代表的な曲と言えるでしょう。
カレーライスが出来上がるのを猫とテレビを見ながら待っています。寝転んでテレビを見ていると、「誰かがお腹を切っちゃった」というニュースが流れてきます。その感想を「痛いだろうにね」でとどめます。そして、またカレーライスのことを歌います。
カレーライスの出来上がりを待っている姿が目に浮かぶような、ゆったりとした歌です。しかしそのハッピーな事と釣り合わない切腹自殺が同じ歌の中にあります。
この釣り合わない理由とその背景をご紹介していきます。
「カレーライス」の歌詞から見えてくる三島由紀夫の姿
この「カレーライス」の中に出てくる、三島由紀夫とはどんな人物でしょう。
三島作品を読んだことはなくても、名前は聞いたことはありますよね。
三島作品はどれも「美」を意識し、表現の豊かさと言葉のセンスがすばらしく高い評価を受けています。その美しく繊細な文章は日本だけでなく、世界でも認められノーベル文学賞の候補にもなりました。代表作には『潮騒』『金閣寺』があげられます。
作家である三島由紀夫が、「カレーライス」にあるような切腹自殺をなぜしたのか疑問に思いますよね。
三島由紀夫は「盾の会」を主宰していました。「盾の会」は民間防衛組織で軍事的な規律を持った集団と言われています。
「盾の会」のメンバー4人と自衛隊市ヶ谷駐屯地に総監を人質にして立てこもります。そこで、自衛隊員を集め、憲法改正のため自衛隊にクーデターを呼びかけます。しかし、30分ほど演説しますが怒号やヤジ・取材のヘリコプターの音でほとんど聞こえなかったそうです。三島由紀夫は演説を辞め、切腹自殺をします。
三島由紀夫は、日本という国を愛し誇りに思っていました。しかし日本は高度経済成長期を迎え、世界に目を向けていました。国内では科学技術中心になっていくことで、日本がダメになってしまうと三島由紀夫は真剣に思ったのです。
そして、軍国主義を望む男らしさが自衛隊員にもあると信じていました。しかし、結果は自衛隊員からはヤジばかりで賛同する人はいませんでした。
三島由紀夫の考える「強い日本」や「誇り高い日本」は、高度成長期を迎えた日本の人々、特に若い人との間には大きな隔たりがあったのだと思います。
三島由紀夫の行動には、色々な考えがあると思います。ただ、小説家としての素晴らしい才能を早く失ってしまったことは、とても残念だったと感じます。
フォークの名曲「カレーライス」が生まれた時代背景は?
遠藤賢司さんは、この「カレーライス」の誕生秘話ついてこう話しています。
(インタビュアーが「あれは、三島由紀夫さんの…ですよね」)の質問に対して
「テレビを見てたらちょうど三島由紀夫が切腹していて。(中略)なんかそんな人が突然ぽっと亡くなるって。すっごい不思議な感じがして。空虚な感じがして。…みんなワーワー大騒ぎしていて。いい奴も悪い奴も突然ぽっと消えてっちゃうんだな…。ここにいていいのかな?人が亡くなったのに。いろんな思いが交錯して。ちょっとした無常感ですよね。で、つくったんですよね」
この遠藤賢司さんの発言を聞いてもわかるように、「よし、時代に何か言ってやる!」みたいなものはないですよね。政治的な発想はこの歌には書かれていません。これがこの時代を表しているように感じます。
1960年代は社会風刺や反戦などが多く歌われた時代でした。しかしこの「カレーライス」が発表された頃には学生運動も下火になり、政治や日本のあり方に若い人は無関心になっていきます。四畳半フォークに歌われるような、恋愛や人間関係に関心は向けられています。
平和な日常でカレーライスの出来上がりを待っている自分と、テレビの向こうで熱く日本の未来を心配し命を懸けている三島由紀夫の温度差を感じます。当時この曲がヒットした理由も、気づかないうちにその温度差に共感したからかもしれませんね。
まとめ
ここまで、遠藤賢司さんの名曲「カレーライス」から時代背景をみてきました。
遠藤賢司さんの「カレーライス」では、テレビの向こうの三島由紀夫が命を懸けている姿を、カレーライスの出来上がりを待ちながら見ています。まるで自分には関係のない事を、遠くから眺めるように…。それは高度経済成長の中で、心も経済も少しずつ豊かになり変化していく日本を表しているのかもしれませんね。
フォークソングの歌詞やメッセージの移り変わりと、日本全体の移り変わりを一曲の中で感じることができる名曲「カレーライス」。ぜひ、改めて聴いてみてください。