たとえパンがなかったとしても、たったひとつの名言で一日を生きられることだってある
ライフネット生命保険株式会社創業者である著者は、大の読書家でありますが、数多くの本を読んできた経験から選ばれた名言の数々はどれもこころに響いてきます。一般にいう名言集と異なるところは、著者の経験が織り込まれているところでしょう。その名言にまつわる背景やエピソードなども広く交えて紹介されています。そのため、それぞれの言葉が生まれた状況や時代を感じ取りながら、名言を味わうことができる構成になっています。
ひとつ例を挙げましょう。
「天知る、地知る、我知る、子知る」(『後漢書』)
後漢時代の官僚であった楊震という人物が、地方の任地へ向かう途中、かつての部下から賄賂を渡されそうになりました。楊震は断りますが、部下は「われわれ以外、誰も知りませんから」といって引き下がりません。そのときに楊震が言ったのが上の言葉です。いいことも悪いことも、天の神、地の神が見ている。そして自分自身が見ている。またあなた(=子)も見ているという意味です。
そして出口氏は、子=他人がこの言葉の最後に来ていることに注目します。つまり他人の目というのは一番最後であり、いいことにしろ悪いことにしろ他人はいつ気づいてくれるかわからないと言うのです。したがって、他人をはなからあてにしないほうがいいのではないかと展開していくのです。人の評価ばかりを気にしていては、やがてこころが病むこともあるだろうし、そもそも自分が楽しくありません。このように、ひとつの言葉をめぐって、その解釈だけに留まらず、思考が広がっていくのです。この語り口と文章のリズムとが、何よりこの名言集を読んでいて楽しいところではないでしょうか。
取り上げられた言葉も特定のジャンルに偏っていないため、ひとつやふたつはお気に入りの名言が見つかることと思います。